長渕剛 熱血インタビュー



今や福岡の偉大な伝説になろうとしている、ライブハウスの大先駆者だった「フォーク喫茶照和」を一番最後に飛び立った男、長渕剛。昭和を一番最後まで見続けた人物の一人である。照和の崩壊はミュージシャンと、それを支援するリスナー達の間に形の無い遮蔽物を作り出してしまった。きっと現在のこの音楽状況の中から飛び立つミュージシャンの多くは、福岡での活動のベースを殆ど持たず、コンテストでの好成績により、福岡のリスナーとは無援のままで東京へ行く事になる。そういう意味では、今一番我々に身近なアーティストともいう事が出来る。今回は長渕剛にスポットをあて、彼の福岡に対する音楽的意見を中心にインタビューを試みてみた。

BJ:今日のコンサートお疲れさまでした。テレビ中継をやっていたでしょう。びっくりしました。
剛:でも主体は、あくまでテレビじゃなくて、上京後プロとして帰って来ての第1日目のコンサートって事がメインだったんだけど、結果としてすごくもりあがったし、良かった。
BJ:ほとんどが女性だったみたいですけど、年齢層は?
剛:昔は高かったの、照和にいた頃は、高校生はあまり来なくて、ほとんど短大・OLだったけど、最近高校生が多くなって来たかな。
BJ:その照和でやってらしたのが、どんないきさつでプロになられたかって所、聞きたいんですけど。
剛:きっかけとなったのは、高校の時見た吉田拓郎さんのコンサートなんだけど、最初はこれでめしが食えるなんて、思ってなかったですね。で、ま、福岡に来たんだから、とりあえず照和に出てみようで、照和に出始めたら、回りのみんなに、プロ意識みたいなのがありましたからね。それにプロのミュージシャンがキャンペーンで来るでしょう。でも俺達みたいな九州でやっている人間っていうのは、プロが来ても、ああいう奴らには負けたくないって云った気が有るんですよ。
絶対に負けないって、あれでプロかみたいな………それでプロ意識が目覚めていったし、よし一丁やってやらないかん、で後はコンテスト。おととし12回のポップコンで、雨の嵐山で九州グランプリをとったでしょう。それがきっかけでレコードが出て。
BJ:その時から東芝で?
剛:いや最初はビクターからだったけど、レコード会社の方と自分のやって行きたい事とくい違いが有って、何か歌謡タレントっぽい感じが有ったし、それで、やりませんって言ってビクターやめてしまったんだけど、まあそういう事もあって何が何でも見返してやろうって気が有ったし、で第15回のポップコンに出て、グランプリとって東芝に決定したわけです。
BJ:その東芝のファーストLP“風は南から”は、どんな感じでレコーディングされたんですか?
剛:作る前にあれもこれもやりたいと思ってたんですけど実際には、その80%ぐらいしか入らなかった。もっと強烈な心髄をついた歌もあるんですが………。それは、次回に回そうと思ってる。で今回は、ファーストって事で自己紹介という意味で色んなパターンを見てもらいたいと思って作ったんですよ。大げさに言えば、22才なりの人生感とか恋愛体験をもとにした歌とか………。
BJ:ステージングもかなり上手くなられたでしょう。
剛:それはまだまだこれからなんだけど………。
BJ:でプロになって今回はソロでされたんですけど、バックをつけないでやったっていう理由は?
剛:ずっと思っていた事なんだけど、俺が一番いいたいのは、バックをつけたからもりあがるとか、ギター1本だからもりあがれないとかって云うのは、絶対ありえないんですよ。昔からあったみたいな、ギター1本でボソボソ弾き語りをやってるみたいなのも、それはそれで1つの魅力があっていいのだけれど、でもギター1本でも完璧にバックを食うぐらいのもりあがりを絶対に作れるんだっていうものをね、全国を回ってずっとやっていきたいと思うんですよ。ギター1本のパワーっていうのかな。
BJ:そういえば全身パワーみたいな………。
剛:ガッツ・ガッツ! ハハハ………
BJ:千春とか龍雲とか北海道・福岡ベースにして活動している人達がいますが、そんな中であえて東京を中心にやろうって理由は?
剛:それね、どうしかようかと色々迷ったんだけど、福岡って街に3年間住んでみて、北海道みたいな感じで、1人の人間をね、兎に角死ぬまであんたを見続けてやるみたいなところが感じられないんですよ。
BJ:わりと薄情な………
剛:そう。ブームに乗った時は、ワーワーやるけど、それが醒めたら知らんぷりって感じでしょう。東京ほどじゃあないけれど、北海道と福岡を比べた場合、全然街が違うと思うんですよ。北海道の方がまだ人間的に田舎くさい。福岡はまだ東京っぽいんです。確かにもりあがってくれる事は、福岡でもりあがってくれるんだけど、その辺がちょっとね………。
BJ:浮気ぽいのかな?
剛:とにかくだから福岡にいてやりたい気持はあったけどね。福岡は自分の音楽感を養しなった所だしね。それはま、思い出としてしまっておこうと。やっぱりやるんだったら、みんなが出て来てる戦場で俺も一緒にやろうと思ったの。
BJ:で東京でプロでやってらっしゃるんですが、福岡と東京の違いみたいな事は感じますか?
剛:東京はもう完璧に出来上がった街ですよ。それでね、たぶん東京からは、アマチュアは育たないと思うんですよ。全然アマチュアとしての活気がないもん、かっこばっかし。もうパンクならパンク、かっこばっかし。
BJ:東京で得たものは?
剛:ないね。
BJ:アマチュア時代福岡でやってて良かった事とか、反省すべき点等有りますか?
剛:まず照和って云うステージでやってて、あれだけの小さい会場だったけどまずお客様との対話、ステージ進行とかの感じがつかむ事が出来たの。唯、東京に出て気ずいたんだけど、照和って云うのは小さいから、みんな身内みたいになってしまうでしょう。だから俺達って云うのは、それに甘えてたんですよね。だからいいかげんな事ばかりやってたの。何やってもうけるんだってね。でも全国を回るとそれが許されない。その辺にやっぱり照和の連中って云うのはね、甘えが有って、なんか毎週毎週ステージが、マンネリ化して新曲も創らなくなるし、とりあえず、まかされた時間だけをなんとかやっていけばいいんだみたいな所が有ったから、その辺はすごく反省しなくちゃならないなって思う。だからね、今もっと大きな活動をしておけば良かったって思う。あまりにも俺達っていうのは、小じんまりし過ぎたみたいな、もっとこう色んな事をやったほうが良かったと思うね。
BJ:そういう面じゃあ、福岡ってまだまだ下地が出来てないんですね。
剛:なんかね、今まで照和で歌っていた連中が、どっかのキャバレーとか、どこかのハコで歌ってるとか聞くとね、なんか淋しくてね。あ、それともう一つ言いたいのは、あまりにもコンテストを意識しすぎてる。コンテストに出りゃあみたいなのが多すぎてね。一発あててレコード出してみたいなね。あるでしょう。だからね。こう誰か突破口を開く人間がいて、福岡のフォークみたいなものをもりあげて欲しいって気持ちが有るんですよ。
BJ:長渕さんも突破口の一人………
剛:いや、僕とかじゃなくてね、福岡に居て色々と力になってくれる人みたいな。昔、僕たちがやっていた頃は、芸工大とか西南大とかスタッフがすごくやる気が有った。何かやろう、コンサートやろうってね。だからねそういう人達がいればね、まだ違って来ると思う。あとまだ幸にして救われるっていうのはね。KBCとかRKBとかね、まだアマチュアをもりあげようって協力してくれる人達がいるからね。まだ福岡が続いているっていうのは、その辺に理由があると思うんですよ。
BJ:どうでしょう東京へ行って曲は、ふえてますか?
剛:あんまり出来ていない。福岡にいた頃は、もうくそみたいに出来てた……でも東京に出てってから地方を巡るペースと曲を創るペースとまだうまくつかめてない、で、スタッフにそう言うと甘いって言うんですよ。みんな誰でもやってるんだって、忙しい中でもホテルで書いたりしてるんだって、まだそれが出来ないんでだから、今欲求不満です。曲が出来ないってね。
BJ:環境が変わると今までと違った曲が出来るかもしれないですね。で今までの曲というのは、恋の唄が多いんですか?
剛:自分としては、まだいっぱい持ってるんですよ。その中でやっぱり一番唄っていきたいのは、一つの別離みたいなのがあったらね、いわゆるオフコースとか因幡晃みたいな、スクリーンにモヤがかかったような別離じゃなくてね、本当の別離の時はね、憎しみとか相手に対して暴言を吐くしね、そういった感じで、本当の意味でのしがらみみたいなものを唄って行きたい。本当はね。
BJ:曲を創るうえで何か信条みたいなものは有りますか?
剛:作為的には創りたくないんです。嘘は唄いたくない。だからね曲が出来るでしょう、部屋の中とか、そしたら、その状態をみんなに伝えたい。
BJ:剛さんの場合フォークの原点というか、四帖半フォークっていうのか、ちょっとうける感じが違っていて生活の唄うたっていても、あくせくした所から、ハングリーな面なんてあまりみえないんですけど………
剛:それはね。つまりそんなにハングリーじゃないから今別にお金に困ってるわけでもないし、本当にラーメンすすってみたいな生活でもないからね。ま、それはしかたないと思うのね。で、まぁ昔フォーク全盛期の頃ね、加川良とか友部正人あたりはね、そういう感じだったし、今でもそういう姿勢を崩さずにやってるって、すごく好きだしね、唯、時代は違うものね。
BJ:サウンド面でのポリシーなんかありますか?
剛:ええ、レコードとステージとは完璧に違うものと思うんですよ。さっきもいったけど当面は、フォークの原点に基ずいてギター1本のステージをやっていくっていう事、サウンドが今かなり重要視されてるけれど、何かこうステージ見ていると歌詞が聞きとりにくかったりね、そういうの腹立たしいんですよ。理論ぶったのも多いしね。だから少なくとも自分が作る歌の中では、自分の詩というものを表現するにはギター1本でやるのが一番感情こめ入れやすいんですよ。唯ヂoックバンドをつけたくないっていうんじゃなくて、それはそういう時期が来たらバックバンドをつけようと思う、けど今はとりあえずギター1本でやっていこうって、ただそれが何年感になるか分からないけど、今はバックバンドをつける必然性が無いんですよ。それにやりがいがあるんですね、ギターとハーモニカしかないから……それとあと歌でしょう、だから許されないんですよ、ごまかしが、いわば真剣勝負でしょう。だからそういう意味でやりがいがありますね。
BJ:同じ福岡出身のソロシンガーでも、龍雲って陰って感じで剛さんの場合は陽って感じですね。
剛:龍雲っていう人もね何回か仕事が一緒でね、唄聞いててすごいなって思うんだけど、タイプがね違うと思うんですよ。でもまぁ九州だからいっしょに頑張ろうって感じですよ。
BJ:彼の場合は、福岡をベースにしている……。
剛:それはね、もう個人の考えだからね、それでやって行くんだったら、それでやっていってほしいね。形崩さないでね。まぁそうね、今年いっぱいかけて千春をどうにかしたいですね。
BJ:ああ、そうですね、そのことBlue Jugも健闘をお祈りしています。で最後に福岡のアマチュアミュージシャン、あるいは今からだぞっていう人達に何か一言。
剛:そんな事……先輩ぶってそんな事言えないですけどとってももう俺よりも優れた人達がまだ福岡にたくさんいるし、現にまだ友達なんかもすごいのがいるからね、ただもっと欲を持ってほしいと思うの、お金に対しても名前に対しても、自分の音楽に対しても………すごいのがいるのになんか欲がない。いや俺はもうライブハウスに出て歌ってりゃあいいって感じでね。例えば、自分でデモテープ作って東京のレコード会社、あるいは、プロダクションに持って行くとかね、そういうこともっとやってもいいんじゃあないですか?
BJ:はいどうもありがとうございました。これからも、頑張って素敵なコンサートを続けていって下さい。
剛:どうもありがとう。

 ステージあけの正午、放送局入りの1時間前、セントラルホテルの喫茶でランチを食べながらのインタビューでした。きっちり詰まったスケジュールの中で、彼にとって貴重な息抜きの時であるはずの食事の時間に、この雑誌のインタビューを組み入れてくれて、たいへん恐縮しました。4ヶ月ぶりに会った剛は、頬が少しこけて、全国を歌い歩いている疲れを感じさせたが、インタビューには精力的に応じてくれ、プロになってからの彼の逞しい成長ぶりと意気込みが、充分に感じ取れた。ファーストアルバムの売れ行きも順調なので、彼のこれからの活躍をおおいに期待します。



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