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インタビュー


"2000年代"リスト


ボーダーライン・甫足氏インタビュー

2006.08.03


甫足氏インタビュー(BORDER LINE)
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インディーズシーンを常に見守ってきた甫足(ほあし)氏に直撃インタビュー!!(藤原BERO)

BERO: お久しぶりです! Blue Jugのサイトを見ていただけましたでしょうか?
甫足: 見ました。80'Sのコーナーなど見ましたよ。改めて動員とかみるとね、案外動員が少ないでしょ。後でいろんなBANDが活躍したから福岡は盛り上がってたと伝説みたいに言われるけどね。

BERO: 当時、記憶としては確かに盛り上がってたと思うんですけど数字で見ると意外なものもありますね。
甫足: そうですよ。当時はメディアが注目していたわけでもないし。それこそBlue JugやBEAT MAXの力は大きかったと思いますよ。

BERO: でも、パイは少なかったかもしれませんが、ファンの想いは熱かったんですよ!
甫足: そう。勿論、伝説になるようなBANDだったし盛り上がってたんだけど、当時は多くの人が見向きもしなかったんですよ。でね、今も同じような状況なんですよね。森山、陣内、ルースターズ、マコちゃん達が頑張ってるから、「当時は凄かった」って言われるんだけど、今、福岡で頑張ってる人たちをないがしろにすると、また同じ事を繰り返すんですよね、将来、「あんときは良かった」って、なっちゃうんですよ。

BERO: 今も良いバンドはたくさんいますからね。今見ないとね。
甫足: 流れがあるんですよ。今のバンドには今のバンドの良さがあるしね。時代時代に良さがあるんですよ。
だからね、「BEAT CITY」とか「めんたいBEAT」とかいう言葉が消えて良かったと思いますもん。その後、いろんなバンドが出てこれるようになったから。 竹之内カルテットとかヒートウェーブが出てきたでしょ。BEAT色の強いバンドだけじゃなくて、いろんなバンドが出てきだしたわけですよ。

BERO: そういうキーワードに反発していた面もありましたよね。
甫足: そう。そもそも、その時だけの話ではなくて時代毎にキーワードはあってね。僕が博多に来たときにHARD ROCKをやりたくて大学のクラブに入って演ろうとしたら、「お前、馬鹿か」と(笑)。「HARD ROCKなんか演っても、誰にも受けやしないんだ」と言われましたからね。

BERO: 甫足さんの時代は、「めんたいBEAT」って言われる前の前ですよね?
甫足: そう。チューリップの後だったの。「魔法の黄色い靴」が出た後だったんですよ。だからフォークロックでオリジナルを演らないと駄目だと!
「俺、クリームやりたいんですけど」って言ったら、とんでもないと(笑)。 でもね、そういゆうのって良くないと思うんですよ。いろんな音楽があってこそロックシーンが面白くなるしね。 だから「めんたいBEAT」っていう言葉が無くなり、いろんなバンドが出てこれるようになったのは良かったと思いますよ。
今も、いっぱい良いバンドがいるんですよぉ。

BERO: いますね!
甫足: ね、いっぱいいるのに、ホントみんな目を向けてくれないでしょ。
僕らは僕らなりに応援するしかないから、ずーとそれをやっているだけですよ。

BERO: 甫足さんは1980年代からずーっと福岡の音楽シーンを支えてこられた方ですが、最近はどのような活動をされてらっしゃいますか?
甫足: 最近はねぇ、やりたいことをやらせてくれないんで・・

BERO: お忙しいからという意味で?
甫足: そうじゃなくて、音楽がらみの企画などいろいろやりたいんですが、なかなかやれないんですよね。
今、福岡市の「ミュージックシティ天神」のスペースを使ってもいいみたいな話が出てきているんですが、僕はマンスリーでライブをやりたいんですけどね。

BERO: 毎年、やってるイベントですよね? あれとは別にマンスリーで?
甫足: 僕は、「ミュージックシティ福岡」にしたいなと思って。 あれ、おかしいと思わん? なぜ「ミュージックシティ天神」? 「福岡」でしょう!
それと、押し付けられたものじゃなくって、ミュージシャンや関係する人たちの中から生まれてきたイベントをやりたいんですよね。 例えば仙台のほうでジャズで町おこしをやってるとこがあるんですが、道路にお風呂のスノコを敷いて、そこで演奏したりね。PAとか無しで30ヶ所くらいでやってるわけ。

BERO: 音楽が好きな人が集まってやってるって感じですね。
甫足: そう、そう、そう。 見栄えなんて関係ない。お金なんかなくっても、やれるんですよ。
あとね、「ミュージックシティ天神」に提案してるんですが、毎年、市役所の前のメインステージとライブハウスでやるでしょ。そこで出演者をひっくり返さんですかって言ってるんですよ。いつもライブハウスでやってる彼らをメインステージに出してくださいって。

BERO: それ、面白いですね! ライブハウスで頑張ってるバンドをメインステージに引っ張りだすのも面白いし、メジャーなバンドをライブハウスで見るのも凄いことですよね。面白い!
甫足: そうでしょ。 くすミュージックの岡本さんを知ってるでしょ。彼も地元のバンドを愛してた人なんだけど、昔 僕に「バンドにいろんな勉強させたい」と提案があってね。で、二人で考えたのが"Rock Circuit"っていうイベントなんですけど、それはプロとアマチュアが同じステージに立つというイベントだったんですよ。ブルーハーツとかレッドウォーリアーズとか出ましたけどね。1980年代後半だったかな。その時にアマチュアを僕が担当して山善とかいろいろ出てもらってね。で、それはアマチュアは前座、トリは誰とかではなくて、交互に出したの。そのことによって通常100人くらいのキャパでやってるバンドが2000人のキャパのステージでやれたんですよ。そういうのって勉強になるんですよ。プロは立ち位置から何から全て考え抜かれてますし、音の出し方から違うからね。それを、2回まで僕がやりましたね。
それと一緒でね、メインステージにメジャーなバンドだけを出す必要はないんですよ。そこに日頃小さなステージで頑張ってる博多ザ・ブリスコとかねフォーザエムジーとかね、出してやれば良い経験になるわけですよ。 それに、もっといろんなバンドが出やすいようにしてやりたいしね。でも、なかなか、そういうのが出来ないわけですよ。

「ミュージックシティ天神」は素晴らしいイベントだと思いますよ。でも、あの時だけじゃ駄目。日頃から、ずーっとやっていって、その集大成が「ミュージックシティ天神」に結集してやる! というのがいいと思うんですよね。

いろいろ話しましたが、頑張ってる人たちに発表の場をできるだけ与えたいですね。で、お店を通して「Chameleon Flash」(フリーペーパー)や、FM福岡さんでラジオ番組を2本持ってるので、それらを通していろんなバンドを紹介して、バンドと音楽ファンの方との接点を見つける。それしか出来ないんですよ。


BERO: 「それしか」なんて。それが100%ですよ。バンドにとっては嬉しい話ですよ。
甫足: 出来ることはいろいろ違うでしょうが、みんなが、自分ができることをやればいい事なんですよ。雑誌媒体であれば、いつもプロを扱っているとこで、地元のバンドもちょっと紹介しようかとかね。
今、西日本新聞さんでバンド紹介をやってくださってますよね。熱心な記者の方がうちにも話を聞きに来てくださってますが、ちゃんと大きく記事で取り上げてくださってますしね。 FM福岡さんもアマチュアバンドにスポットを当てた番組を作ってたりとかね。 やっぱり、そういう風に目を向けてもらうと違うと思うんですよね。

BERO: 1970年代から80年代にかけても、マスメディアの方たちがアマチュアを応援してくださる体制があったと思いますが、そういった動きが今もしっかりあるということなんですね。
甫足: 動きはずっとあるんだけど、なかなか形にならないんですよ。
1970年代から80年代にかけて素晴らしかったのは、いわゆるメディアミックスという形で盛り上がったことなんですよね。 Blue jugの力も大きかったと思いますよ。

BERO: 雑誌プラス、テレビ・ラジオなどまでもアマチュアを取り上げていて、更にばらばらなイメージではなく相乗効果を生み出してましたよね。
甫足:音はKBCラジオやRKBラジオなどから流れてくるし、テレビ番組もあったし、それに加えて専門誌がある! ショップにもインディーズコーナーがあると。そういったメディアミックスが自然に出来上がったことで訴求力も膨れたとおもいますよ。
当時、ライブをやると200人なんて、すぐ集まってましたもん。モダンは都久志で600とか700とか集めてたでしょ。まさにKing  Of  Indies!(笑)。
ところがバンドブームの後で、はき捨てられたところもあるし、Blue JugやBEATMAXも発行できなくなった部分もあって、そういったとこから動員も厳しくなっていった流れがありますね。

BERO: 今、200人集めるのは大変ですよね。
甫足: プロでも集まらないですよ。ひとつはバンドの数も多いしライブハウスの数も多いなど要因はいろいろあると思いますけどね。

BERO: 最近、どんなバンドがいるのか探そうとしたのですが、情報を入手する方法が、なかなかないですよね。
甫足: そこなんですよ。
Blue JugやBEATMAXが凄かったのが、東京でも大阪でも手に入ってたんですよ。そうすると、知らんばってん凄そうやけん聴いてみようかとなったり、本を読んで予備知識があるわけですよ。 何年までか忘れましたけど、新宿LOFTなどで「FROM博多!」でお客さんが入ってたって言うんですから。

BERO: 「FROM博多」が名詞代わりになって、扱いが違うって聞いたことがあります。
甫足: ・・・。ま、本当はそれだけじゃ、いかんのですけどね(笑)。 それぐらい注目されてたわけですね。

BERO: 甫足さんは、そんな時代も含め、ず〜っと福岡のアマチュアバンドを応援してこられたわけですよね。甫足さんからみて、福岡の音楽シーンは、どういうふうに変化してきたと思いますか?
甫足: 変化というかね、一貫して言えることは福岡のバンドの数が他に比べて圧倒的に多いですね。
いろんな方からもそれについて質問されるんですけどね。
僕が思うには、博多の祭りで「どんたく」があるでしょ。280万人も集まるんですよ。 博多に30何年間居ますけど、あの魅力がいまだに分からない。なんで、あれだけの人が集まるか。山笠は分かりますよ。
でね、天神地区の実行委員をやって少しわかったことがあるんです。ステージに出て踊ってる人達は全員出れてるわけじゃないんですよ。応募者の中の4分の1しか出てないんです。

BERO: へぇ。
甫足: 落選したら出れないんです。いかに出たがりが多いかよ。どんたくは見に行って面白いというより、参加して楽しむお祭りなんですよ。

BERO: なるほど。
甫足: あれに象徴されるように、博多って物好きが多いし出たがりが多いんですよ。
それと、昔バンドをやってたって人たちが、町や会社の重要なポストにつきはじめたというのもありますね。STAFFの谷村社長は「あかんべえ」をやってましたし、HEACONの石橋もバンドやってたでしょ。
音楽関係の人に話を聞くと「バンドをやってました」という人が多いんですよ。そういう人達がバンドマンの気持ちを理解しながら、音楽シーンをつくり上げてきたっていうのは大きいでしょうね。 だってね、98年には「浜崎あゆみ」と「椎名林檎」と「MISIA 」がデビューでしょ。3人とも3年後ぐらいにはミュージシャンの所得番付のBEST5に入ったでしょ。凄いですよ、やっぱり。

BERO: それに、あらゆるジャンルから出てますしね。
甫足: そうね。歌謡曲から演歌まで。氷川きよしも福岡だしね。
もともとが、福岡市っていうのは人口に対して若者の比率が全国で二位なんですよ。いわゆる若者の町なんですね。

BERO: 「HOTな街」の世界でTOP10に入っていたという話も聞きましたよ。
甫足: 20年前には福岡市のいろんな仕事をお手伝いしたことがあって、その時はね、世界的に見て「住みやすい街」のTOP10に入ってましたよ。
逆に、最近言われるのは、あの時はTOP10に入っていたけど、今はどうかな?と、よく言われますね。

BERO: 今も、そこそこ良い街と思いますよ。
甫足: う〜ん、どうかな。都会化して、昔のほうが風情があったと言われてるのも分かりますがね。

BERO: 文化面では、アジアとの交流が深まってるというのは感じますね。
甫足: 交流はね、民間やミュージシャンレベルでかなり行われているので、政治よりも、音楽・芸術のパワーは凄いなと思いますね。

BERO: そういった動きは、日本ではダントツで福岡が突出してますよね。
甫足: 隣の国だからね。
で、話はそれたけど、福岡のバンド人口は多いですよ。

BERO: その中でも、段々減ってきてるとか、増えてきてるとか感じますか。
甫足: うーん、90年代が穴がスポッと抜けてたような気がしますね。
80年代はかなり頑張ったバンドが多くて、そのバンド達が一斉にやめてしまったり、東京に行っても解散したりしたのもあったので、90年代がちょっと物足りないですね。
今、またいろんなバンドが出てきてますけどね。

BERO: 90年代に落ち込んで、今再び盛り上がってきたというのは何が起因してると思われますか。
甫足: う〜ん、何ですかね。例えば、博多三姉妹の影響も強いんじゃないですか。 「椎名林檎」とかね「MISIA」とかね。
僕らのときは「チューリップ」に続けと「甲斐バンド」「長渕剛」とかいろいろ出てきたわけですね。 その後、「シナロケ」「モッズ」「ロッカーズ」「ルーズターズ」が出てバァーっと盛り上がったでしょ。
そういった意味で80年代後半ってそんなにないでしょ。

BERO: 90年代はどうですか? 「175R」は甫足さんがやってましたよね。
甫足: うちでカセットを売ってたんですよ。
そしたら小倉で500本以上他売れてね。その後CDを出してみようかってなって、知り合いのとこから出して、あんなになっちゃいましたからね。
そうすると、北九州には「175R」に続けと、たくさんバンドが出てくるわけですよ。で、その後に林檎の元の事務所「ソリッドボンド」の方が「同じようなバンドいませんかって」事でいらっしゃってね。それで、たまたまうちで扱ってた「Up Steady」ってバンドが今売れてますよって紹介したら、プロになっちゃって。

BERO: へぇー。
甫足: だから、刺激するようなバンドがあればね、そこで盛り上がると思うけど、そんなのが90年代前半が欠如してたんじゃないですかね。

BERO: それが大きいんでしょうね。
甫足さん、今と昔ではプロになるのはどっちが大変だと思います。
甫足: 今のほうが簡単ですよ。

BERO: プロになるって言う言葉自体が意味ない時代かもしれませんね。
甫足: だって、昔プロになるってことは大変でしたよ。昔は、レコード会社がそのミュージシャンをしっかり育てていこうというとこがあったから慎重だったわけですよ。 ちゃんと原石を見極めてたんですよ。ところが、90年代になってインディーズからカッコいいバンドがドンドン出てくるもんだから、「インディーズはカッコいい」となったんです。そしたらレコード会社の中にインディーズ部門を作り出したんです。そして手当たり次第にそこから出していったんです。
そうすると、CDは作るけど契約金がいらないんです。売れたら、ランクアップさせて自分とこのレコード会社で扱いましょうとね。
おかげで、ツバつけられて駄目になったバンドを山ほど見ました。罪作りですよ。
だって、プロになって飯を食えるようになるバンドってごく僅かですよ。才能あるバンドってそんなにないですよ。デビューしたら勘違いしちゃうじゃないですか。その子たちは就職して仕事しながら音楽を続けていけばよかったのに、デビューすると、まともな就職ができなくなったりとかね。だって大学を辞めて行く人もいっぱいいたんだから。
今でも、バンバン出てますよ。変なプロダクションが増えちゃって、どんどんバンドにツバつけて、・・ほんと、かわいそっ。

BERO: そんな現状の中、いつも甫足さんはアマチュアバンドに暖かい支援をしていただいてますね。
甫足: 僕ができるのは、さっきも言いましたが、発表の場をできるだけつくってあげたり、子ども達が作った物を出来るだけ多くの人に聴いてもらえるようにChameleon Flashやラジオで紹介することだけですよ。
レコードの時代はLPを作ろうとしたら200万、300万かかってたんです。子ども達はそんなお金を持ってないから、原版を半分づつ持って、お金はBORDER LINEが出すからという事で作ったりしてたんですが、今はCD-Rでどんどん作れるから僕らの力は必要ないんです。 ただ、助言はしますよ。出来たものに対しても結構厳しいことを言いますし。

BERO: 出来上がったCDをBORDER LINEに持ち込めば置いていただけるということですが、全部ではないでしょ?
甫足: いえ、来るものは拒まず。東京でも大阪でもインディーズを扱ってる所はありますが、「ある程度のクオリティ以上のものしか置きません」ていうのが殆どなんですよ。
僕は考え方が違うんです。せっかく、子ども達が作ったんだから、置いてあげようと思うんです。だからバンドから「地元で置いてくれる場所があるから嬉しいんです」ってよく言われますね。そう言ってくれて僕も嬉しいですよ。
外資系のショップに置いてるのは売れるものだけですよ。僕らからするとインディーズショップじゃないと思いますもん。本当にやるのであれば、売れないものから置いてあげなくちゃいけませんよ。

BERO: その中に原石がいるかもしれませんものね。
甫足: そうね。いるかもしれないし、いないかもしれない(笑)。 ただね、モダンドールズの“Do Imagination”が出た時に佐谷君がステージで言った言葉が今でも忘れられないんだけど「みんなに聴いてもらってもおかしくないものが出来たのでレコードにしました」と。その気持ちが大事なんですよ。くだらんものを作って売るなと言いたくなるもん。
売るという事は、お金をいただくわけでしょ。これはね、大変な事であってね、安易に作れるからといって、どんどん作って売っても駄目ですよ。簡単にできるからこそ、クオリティの高いものが望まれるんです。これは、バンドのみんなに分かってて欲しいですね。

BERO: そうですよね。たくさん発売されるからこそ、良いものを選びたいですからね。 だから、甫足さんとの接点をもちながら、バンドも成長していくといいですね。
甫足: 成長してもらわんと困るもん。僕の言うことを全て聞けとは言わないけど、僕も長年聴いてきたからいろんな意見もあるしね。いろんな人の話を聞いてね、自分達でそれを解釈して新たなサウンド作りをして欲しいですね。

BERO: 持ち込まれたものは全部、聴いてますか?
甫足: もちろん。聴かないとラジオとかで紹介できないから。一所懸命頑張ってるバンドは、どうしても気持ちが動くし、クオリティ的に素晴らしいバンドもいるし。

BERO: 最近、お勧めのバンドは?
甫足: 福岡では“VELVET PEACH SEVEN”。凄くバランスのとれたバンドで歌がうまいんですよ。アコースティック風で、繊細なものを持ってますね。
ただ、足りない部分があるね。パンチ力だったり、楽曲のオリジナリティだったり。
久留米の“トラベラーズ”は昔から頑張ってる大人の音楽をやれるバンドですね。竹田さんだったかな、元々チェッカーズのメンバーだったんです。チェッカーズって最初はDO UPだったんですよね。で、デビューするときに「僕はアイドルになるのは嫌や」って残られたんです。で、DO UPからいろんな音楽を消化されてやられてるんです。

BERO: 今も地元で頑張られてるんですね。
甫足: そう。今はいい時代になりましたよね。僕らが大学を卒業する頃は、就職するかプロを目指すかのどっちかを選ばないといけなかったんですよ。今の子たちが羨ましいんだけど、フリーターやりながらバンドを続けるっていうのはトンでもない話だったんですよ。 スタジオもなかったしね。8時までしか開いてなかったんですよ。音楽を続けていける状況ではなかったんです。僕も卒業してしばらく続けてたけど断念しましたもん。
今の子たちは環境も整ったし、卒業後も続けられるんだから、良いことじゃないですかね。プロになる事だけが音楽を続ける道とは思ってないから、自分の生活に密着させて素晴らしい人生を歩めると思うんですよ。
プロになるって事はハタから見たらカッコいいけど、悪い言い方をすれば商品になるって事なんですよ。 昔は誰々先生が書いた曲をやらされて、それが嫌で止めた人もいっぱいいいるんだから。
今でも、よっぽど力がついてこないと、自分達の好きな曲をやれませんからね。レコード会社も売れないと困るから。

BERO: だったら、自分達で作ったほうがいいなということにもなりますよね。
甫足: だからメジャーで売れた人たちも、インディーズに戻ってきたりね。ずるい。向こうのフィールドで頑張れよと言いたいくらい。
「Stardust Revue」の根元さんも、インディーズでやってるって知らなかったんです。 あれだけ売れれば、買う人にとってはインディズもメジャーも関係ないわけですよ。 で、根元さんは子供に「お父さん達は今までメジャーでCD出してたから良い生活ができてたけど、今度から自主制作の世界で頑張るから今までの生活はできなくなるから」って言ったんだって。そしたら、、インディーズになった途端にお金がドンドン入りだして、それまで以上の生活ができてるそうですよ(笑)。 メジャーで今までお世話になったんだから、後輩などのためにも踏ん張って頑張ってもらわないとねぇ(笑)。

BERO: レコード会社も厳しい面があるんでしょ。
甫足: そうね。そこは、どう捉えるかの問題であってね。じゃないと、レコード会社は無くなってしまいますよ。

BERO: いっそ、メジャーは無くなってしまってもいいのではないですか。
甫足: そうなると流通を新たに変えないといかんとかで大変ですしね。 レコード会社にはレコード会社の役割があったんだけど、それを忘れてしまいんしゃるもんだからですね。 インディーズも、ネットでどうのこうのとかありますからね。トンでもない。

BERO: 音楽業界は転換期にきてますね。
甫足: そうなんですよね。 いろいろあるけどね、とにかくね、状況はいろいろ変化してきてますが、バンドの子たちにはいつも「インディーズの歴史に残るよな名盤を作らんと駄目よ」って言うんですよ。 いまだにポピュラーミュージックの頂点はビートルズの“Sgt.pepper's lonly hearts club band”って言われてるけどね。あれ、67年ですよ。作られたのは。今、何年ですか。じゃぁね、それに迫るような作品を作るような意気込みでやらないと駄目ですよ。



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