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"2000年代"リスト
2007.05.14
快楽ロック、悦楽ダンス、娯楽でGo, Go!
松田聖子とルースターズ
ルースターズがデビューしたばかりだから多分1981年頃。当時、松田聖子もスマッシュヒット連発中。
今でいう「ポップジャム」のようなNHKの番組があった。「レッツゴーヤング」。日曜日の夕方に放送されてた。その時間帯は70年代の「スタジオ101」音楽番組の枠。マ、ゴールデン。今、「ポップジャム」は深夜枠に移行で、逆に「爆笑オンエアバトル」とともに悦楽の時間帯を形成している。
その「レッツゴーヤング」だが、その頃、司会は太川陽介と松田聖子だった。ルースターズが「レッツゴーヤング」に出演したことがある。太川陽介は大江慎也と同じ年。松田聖子は大江より学年で3級下、そんなシチュエーションというかジェネレーション。
大江は北九で松田聖子は久留米出身。マ福岡なんだけど博多じゃない。司会の太川陽介がこんな感じで切り出した。
「今日のゲストルースターズのみなさんで〜す」
会場、ワ〜イ。パチパチ。
「ルースターズはね、福岡出身で聖子ちゃんと同じなんだよ」
会場、ワ〜イ。パチパチ。松田聖子絶妙のハリウッドスマイル。
太川陽介が大江慎也にふる。
「ルースターズの皆さんも聖子ちゃんのファンだと聞いてます。皆さんファンですよね」
マイクをむけた太川に大江かるくガンをとばして。
「あぁ〜ん?」または「はぁ〜?」の表情で「べつに〜」の感じ。
太川タジタジ。松田聖子もスマイル硬直。
太川その場をつくろおうと、花田、井上、池畑にマイクをむけるも
「なにがー?」「ぜ〜んぜん」「...??」で
「はぁ〜?」「あぁ〜ん?」「べつに〜」よりさらに最悪なレスポンス。
NHKホール全体が、しら〜っとした、どよよ〜んとした重い空気につつまれた。スーパーアイドル松田聖子もちょっと可愛そう。太川陽介は
「お呼びでない」
「ですよね〜」
「じゃとにかく、ルースターズの曲を聞きましょう」
といった感じで強引にその場をとりつくろった。
私はその時、テレビを見ながら、「あわわ」と言ったり、「そんな〜」と思ったりした。「松田聖子も好きなのになあ。ルースターズったら」と思った。でも、すごいねこのルースターズのパワー。狙ってやったと思うけど。全国の視聴者が全員エエ〜っといったと思う。よりによって絶頂期のトップアイドルをコケにするなんて。ふつう「僕らは聖子ちゃんのファンです。楽屋でサイン頂いていいですか?」くらい言うのにな。ルースターズがなにを演奏したか思い出せないくらい昔の話です。
松田聖子のCDはかなり沢山もってる。マイルス・デイビスやモダンドールズと同じくらいの枚数。でも再発の廉価盤とレンタルの中古で。なにかと非難をあびていた後期のポリシー「でも、がんばる」の曲を愛聴している。
「レッツゴーヤング」だが当時は真剣に見ていた。番組名が、ダチョウ倶楽部の前に流行ったお笑いトリオのようで。レツゴー三匹か。「ヤング」なる単語も時代を感じさせる。でも一人称「オイラ」でロックやってる人が多かったぞ。ロックコンサートのMCで頭脳警察のパンタが
「ヤングなら恥ずかしがらずに。立って。おどろう」
とかいうのがナウかった。
「レッツゴーヤング」だが当時は真剣に見ていた。今より歌謡曲、アイドルソングよりの番組で、演歌ベースのアイドルもいた。時々ゲストがロック畑で、動くロッカーの映像は貴重だった。
今でも「ポップジャム」「ヘイヘイヘイ」「ミュージックステーション」「うたばん」「カウントダウンTV」かなり真剣に見てるかも。
福岡スポーツセンターの「ジャンピングジャム」でルースターズを見たことがある。その頃、大江慎也はフラフラのパフォーマンスをやってた。ときおり楽屋に消えたりもした。
モダンもキッズもいてオールスターズそろい踏みだった。私は女の子と一緒に福岡スポーツセンターに行った。ファイナルがエラプションのイクスプロージョンで、アクシデンツと山善が合体して超合金の大暴れだった。火のついたままのタバコがステージから飛んできた。えっ、ス、ステージ!客席じゃないの。ステージ、演奏する側から飛んできた。あとバケツで水をあびせかける。ステージから客席へ。その攻撃をかわすのにどんだけ大変だったか。私の横にいた女の子は
「ちょっと、ついていけない」
とか言ってた。DVDになってない「ジャンピングジャム」でのことです。
もう一発、ルースターズの強力な思い出を。箱崎祭だから1980年前後の頃、ルースターズのメンバー会場に集結するも演奏をせずに帰ったことがある。
最近、X氏に真相を追究するチャンスがきた。 「あのとき、バンドAかバンドBかバンドCと喧嘩して帰ったんじゃないですか?」
とX氏に聞いてみた。X氏の答えはこうだ。
「AともBともCとも喧嘩していない」
とのことだった。ルースターズが帰った原因、謎は謎のままだ。X氏はジェントルマンで大人だから、思い出を壊さないようにそう言ってくれたのではと思っている。
結果、みんな素敵なバンドなのだ。
ダウンタウンとモッズ
1995年前後だったと思う。モッズがダウンタウンの「ヘイヘイヘイ」に出演したことがある。モッズの4人は横一列に整列。さりげなく「休め」のようなリラックスした感じで立っていた。
「なんかこいつら悪そうやな〜」
と浜ちゃんのいつもの毒舌。森やん大人。目じりにシワをよせて優しく笑っていた。苣木も梶浦もクールに無表情。
松っちゃんもメンバーをイジリにくそう。それでもボケたコメントをひねり出し
「なんかこいつらピストル隠しもってそうやなあ」
そういえば全員黒の革ジャンで、腕を組んだり、開いた革ジャンの懐に手を入れたりしていた。
「なんかこいつらピストルもってそうやなあ」
「なんかこいつらピストルもってそうやなああ〜」
「なんかこいつらピストルもってそうやなあ〜ああ〜」
松っちゃんがあおって。浜ちゃんバシッと松ちゃんの頭どついて
「わかったちゅうねん」
のながれ。
ヒューマンな北里が歯を見せてがニコッと笑った。
すかさず、松っちゃん北里を攻撃、攻撃、攻撃。イジリ倒そうとするも北里は笑っているだけ。モッズのメンバーは殆どシャベリなしで、ダウンタウンがスベリまくっていた。モッズのメンバーが、悪さ坊主の小学生を、暖かく見守るアニキのポジションだったのが微笑ましくうれしい。ダウンタウンのお笑い攻撃をもってしてもモッズの牙城は落とせなかったのだ。
そのときやった曲は「今夜決めよう」。
ちょうどその頃、年末に2年づづけてモッズのライブをど〜んと流してくれる特番があった。コマーシャルは入るけど、ライブをまんま流してくれた。2年つづいた後は、その番組ぱたっとなくなった。深夜のTBSとか毎日放送の系列チャンネルだったと思う。ローカル曲だけの番組だったのだろうか。
ダウンタウンとアンジーの関係は以前書いたので省略。
ヒートウェイヴのNHK特番は以前書いたので省略。
ELTと浅田孟
ときどきJポップの番組見てると、バックにすごいメンバーがいたりする。ELTが、絶頂だった頃、浅田孟がベースを弾いてるのをTVで見た。うわ、うわっと思ったけど「見た、今の見た」「ねえ知ってる」とか話す相手もいないので、心の中のもう一人の自分と会話をした。こんな感じだ。
「今の見た。ELTのベース浅田孟だよ」
「へえ〜」
「浅田はねシナロケのメンバーで箱崎祭に来たときはね、夕方にシナロケのライブこなして、オールナイトの翌朝の明け方、マグネットブラザースとジャムやったんだよ」
「すすすごい。浅田孟って本当にロック好きなんだね」
「でね、そのジャムのときマイクが会場にまわってきてね。オーディエンスが、勝手にマイクガ〜ッとかとって、適当な英語の歌詞で歌ったりしたんだ」
「ほほ〜面白いね」
池畑潤二もいろんなところで叩いてる。音楽雑誌ぴら〜っと開いて「ふむふむ、吉川晃司か。なになに、このワイルドなヘアーにワイルドなヒゲをたくわえ、ベコベコに叩きマクっているのは池畑潤二ではないか」とかなる。ヒートウェイヴと池畑潤二については以前書いたので省略。
山善の特番
これは観た人多いと思う。100%山善の番組だった。立体交差のトンネルの中で歌ったり、山道を歩いたり、絵を描いたり、奥様とかお家の方も登場した感動の力作だった。
山善の特番がおわり、翌週の予告編が流れた。翌週は音楽やアートの番組ではなくハードでポリティカルな番組だったのも印象深かった。
おわりに
ロックと芸能界のハザマ。芸能界とはスパッと縁を切ってクールにがんばるか、それとも芸能界とそこそこ上手くやってゆくか。どちらにするかは自由だ。なかなか難しい。個人的には、プチ芸能界もいいんじゃ派かな。
(了)
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