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コラム


"2000年代"リスト


2006.10.02
お見事!ヒートウェイヴ強力です。結構でしょう。ここで、大事な大事なアタ〜ックチャンス。

お見事!ヒートウェイヴ強力です。結構でしょう。ここで、大事な大事なアタ〜ックチャンス

オールナイトでジャンプするヒートウェイヴ
     「今度、はじめてヒートウェイヴ(HW)というバンドを見ます」
     と言うと、Blue Jugにいたこともある、TさんがHWを評して一言
     「強力ですよ〜」
     と言った。80年代前半の頃である。「HW=強力、HW=強力、HW=強力...」の公式がHWライブの当日まで、頭の中をエンドレスで回転していた。その公式が解けずに、オジー・オズボーンのように強力なのか?キッスのように強力なのか?テッド・ニュジェントのように強力なのか?と悩んでいた。 
     HWのライブがはじまると公式は簡単に解けた。中原英司(V)と山口洋(G)と渡辺圭一(B)の3人が大ジャンプ大会をするのだ。ガンガン演奏しながら、開脚、伸脚、伸身で、それこそビブレホールの天井に頭をぶつけるくらい高くジャンプ、ジャンプ、ジャンプ。強力です。大島正嗣(Dr)もジャンプこそしないが、ドラムをボコボコにするかんじで叩いていた。強力です。数えたことないけど1曲中に何回くらいジャンプしていたのだろうか。滞空時間もあるが3〜4秒おきに連続ジャンプしていたと思う。
     中原の声はポール・ロジャースのような感じで強力だった。多分自作の英語の歌詞が、ボーカルとビートにしっくりなじんでいて強力だった。山口は、当時グレッチではなく、ギブソン335?とかエピフォンのセミアコ?を弾いていたと思う。膝を曲げた屈脚型のジャンプとセミアコが一体化して強力だった。
     ジャンプ、ジャンプ、ジャンプで、脚も広げたり伸ばしたり曲げたりで、ちょっとした部活の基礎トレよりタフじゃないかと思った。腹筋も使いそう。すごい体力。
     HWの名曲の一つ「千の夜」は山口バージョンしか知られていないが、中原バージョンもあった。中原バージョンは、歌詞が自作の英語でメロディは同じだが、全く異なったパワフルな曲だった。
     「オールナイトシアター」は、チープトリックのようにポップなビートの名曲だった。
     HW脱退後、中原は目立った活動をしなかった。だからこの頃のHWの活動は遺跡のようになっているが、私にとっては世界遺産の一つである。The HEAT WAVESがHEAT WAVEに移行した時期のことである。


ブレイクするヒートウェイヴ
     ギタリスト山口が、ボーカリスト兼ギタリスト山口に転向した。HWが4曲入りコンパクト盤「36°5」(1985)を発表した時、これだ、これだ、このファルセットだ。スタイルカウンシルかアズテックカメラ。と私は一気に山口の虜になってしまった。そして、「5:09 am」のように「36°5」は、「体温」とか「ぬくもり」を表現したラブソングだと思っていた。
     ある時、その意見を山口洋に言うと、彼はにっこりと笑い、以下のような言葉を返してきた。
     「リリースした曲を、どのように聴いてもらっても、どのように解釈してもらってもかまわないと思っています。曲がひとり歩きすることもあるでしょうし。でも『36°5』は、亡くなった父のことを歌った曲なんです」
     私は間違った解釈をしていた。父親に捧げたレクイエムを、恋人に捧げたハッピーなラブソングと解釈していたのだ。しかし、山口は私の間違った解釈をも大きく受け止めてくれた。嫌な顔ひとつせずに、実に懐が深い。さらに山口は私の分も含めた三人分の支払いを、さっと済ませて、颯爽と黄色のフォルクスワーゲンで夜の闇に消えていった。結構沢山飲んだり食べたりしたので高かったと思う。北九州の友人のところに行くと言っていた。
     「コンクリートの部屋」を高級ホテルの部屋と解釈していた。
     「キャンドル」を向き合った恋人どうしを照らすキャンドルと解釈していた。
     「眠る」はベッドの上で眠っている恋人の姿と思っていた。
     一つだけ弁解させて頂くと、私は、この曲のイメージ、メロディの美しさ、山口のファルセットボイス、渡辺のデジタルなベース、大島のシュアーなビートを聞いていた。それで、この曲をラブソングだと決めつけてしまったのだ。
     当時、彼らはFMに番組をもっていて、ボーカリスト山口が
     「滝にうたれて歌の修行をしています」
     とシャイなトークをしていたことを覚えている。


アナログからデジタルに
     最初のアルバム「MY LIFE」(1987)はアナログ盤だった。「MY LIFE」はCDでも再発された。顔の部分をトリミングしたジャケ写真がユニークだった。だいたいビシッと決めた写真とかでジャケット作るのが普通で、顔をカットした写真は珍しかった。
     その後、アナログ版「Hello, I’m Here」(1988)、CD「歳月の記録」(1989)を発表する。「MY LIFE」をのぞく当時のジャケットには山口のアーティスティックな絵が使用されていてシュールな温かみがあった。
     それまで博多発のバンドといえば、多くはビート一発の観があったが、この頃のHWは、オリジナルなHWカラーを完成させていた。


香椎という街
     香椎には可愛い娘がいたので、「カシイ」ってカタカナで書くとキュートでプリティな感じがするなぁ。「かしい」ってひらがなで書くと和風美人な感じがする。いとおかし。とか妄想していた。 HWは香椎がホームグラウンドだった。香椎のミツバスタジオ(スタジオM)を本当によく使っていた。
     スタジオ前の国道は福岡国際マラソンのコースになった。テレビで中継見ながら、あ、ここ、こことか言ってた。スタジオでの飲酒は禁止だった。いちおう。何部屋かあったけど、結構予約がつまっていて、午後とか夕方とかは、急には予約がとれず、結構先を見越して予約しないと良い時間帯は取れなかった。それで、深夜にスタジオから帰るときは、夜風が身にしみるのです。ソフトケースを背中にしょってバイクで爆走するとちょっと寂しい。
     ミツバスタジオでしょっちゅうHWを見かけるので、極端な話、彼らはそこに住んでいたのではないか?と思ったりした。カウンターのところに山口がアンニュイに坐っていた。おおっ、と思った。坐っているだけなのに不思議なオーラがあった。ジェントルマンな社長も忘れられない。


鈴木蘭々がCMクイーンだった
     「歳月の記録」の1曲目の「僕のほころびの場所から」はイントロが重い。とてもヘビーだ。多分ギター本体のボリュームはフル。ナタでぶった切る感じだ。ヘビーなギターに重戦車のようなリズム隊が合体する。歌詞には家族が登場して、山口は、変な言い方だが、親を大事にする人だなとつくづく思う。
     こんな話を聞いたことがある。山口がヘッドホーンをつけてフルボリュームでギターを弾いていたところ、耳の調子がおかしくなり学校を休むことになった。その際、父親が学校に事情を説明したと言うのだ。なんと理解のある父親だろう。
     「歳月の記録」に「らんらんらん」という可愛らしいタイトルの曲がある。この曲も強力だ。ギターフレーズがレーザービームのように飛んでくる。トラック陸上中間疾走のテンポでリズムも重い。「僕は自由だ」のシャウトが気持ちいい。
     この曲は、乱反射するフィードバックギターで始まる。

     らんらんらん、らんらんらん、らんらんら
     らんらんらん、らんらんらん、らんらんら

     とノリノリのシンプルなフレーズをリフレイン。アフリカの土着宗教の祝祭のようで、知らぬ間にトランス状態に陥る。そして、戦慄のギターフレーズが

     ぴしゅーん、ぴしゅーん、ぴしゅーん

     と炸裂。気がつくとHWに夢中になっているのだ。
     鈴木蘭々がCMクイーンで大ブレイク中だった頃
     「鈴木蘭々のテーマソングとして蘭々にプレゼントしたら?」
     と山口にメールを出そうかと思ったがやめた。
     「ヒートウェイヴと言うバンドが『らんらんらん』という鈴木蘭々さんにぴったりの曲を演ってます。テーマソングに採用したらいかがですか?」
    と鈴木蘭々の掲示板に書き込もうかと思ったがやめた。

     次にHWは、Epic Sony Recordから「柱」(1990)をリリース。「ハッピーバースデイ トゥ ユゥ」「36°5」「HEY MY FRIEND / DON’T DIE YOUNG」「千の夜」がアレンジもあらたに再録される。 「僕は僕のうたを歌おう」や「ライオン」がFMでよく流れていた。聞くたびに嬉しいな嬉しいなと私は部屋の中で狂喜していた。1曲目の「POWER」は、歌詞に「ドラえもん」が登場する。家族ドライブのBGMにもぴったりだ。
     ちょうどその頃かな、熊本大学の黒髪祭でHWを見た。熊大の一番大きなキャンパスが黒髪町にあるのでこの名がついている。


テレビジョンで見たぞ
     80年代に、NHKで2度、ヒートウェイヴ(HW)を見た。21世紀になって民放で矢井田瞳と山口洋がアコギを弾きながら、時々アイコンタクトしながら歌っているのを見た。私の横にいた人に
     「こ、この男性から食事をご馳走してもらったことある」
     と言ったけど、信じてもらえなかった。
    それとブランキージェット浅井健一と渡辺圭一と池畑潤二がトリオで演っているのをテレビで見た。JUDEである。


LONG WAY FOR NOTHING
     「LONG WAY FOR NOTHING」(2004)を初めて聞いたとき
     「あ、できあがってる。音がいい」
     と思った。山口もシャウトしきっている、声を張りきっている感じがした。頭から3曲、突き抜けるようにタイトで無駄がない。
    今まさにダブリンの夜明けと言う感じで山口がシャウト。

     「STILL BURNING」

     透明だけど力強い声が響く。このシャウト、何回目のテイクだろうか?なかなかこうは絶妙にレコーディングできないと思う。一週間この部分だけとり続けてやっと録音できたとか。それとも、エヘン、オホンで一発目のテイクでOKだったりして。20年前、いやそれ以前と同じようにHWは、燃えてまっせと言うことだ。まだまだ俳優やタレントには成り下がらないぞ、という意気込みを感じる。  2曲目は、良い意味でドカドカ、ドンガラガッタンと

     「I HAVE NO TIME」

     言いたいことを言っている。スリルがある。時間がない、時間がない、急がなくちゃと、居ても立っても居られない気になる。

     「貧乏人も金持ちも、等しく夢を見るのなら」

     言ってやった、言ってやった。腹式呼吸で堂々と言ってやったぞ。
     「誰も居ない庭」のイントロはちょっとスローな感じ。そしてハープで昇華。美しい、美しい山口節が聞ける。音楽的なブレイン細海魚(K)と池畑潤二(Dr)のおさえたノリがこの曲を生かしている。  「夢の底」では渡辺“地獄”圭一の声が聞ける。ヤッホー。ライブでは、リードベースを弾きながら、上半身裸でシャウトする渡辺。でもCDでは普通やらないと思う。他のバンドとか。なんとなく嬉しい。
     このCD福岡〜久留米間を高速で移動してる時に聞いていた。だからその頃を思いだす。「世界のボス!」歌いながら運転すると楽しい。


2006のヒートウェイヴ
     通販で最初に買ったCDはVelvetzのCDだった。Velvetz松川は、HWでギターを弾いたことがある。その後、通販を利用することが多い。一番最近通販で買ったのは、HWのミニCDだ。2枚も買ってしまった。
     そのCDは本当に音がよく、お金のかかった音がするのだが、ちょっと昔のHWの味も確かに残っていると感じ取った。
     ミニアルバム「NO FEAR strikes back」(2006)収録の「NO FEAR strikes back」は強力だ。古の「ダウン」を思い出す。悪い「ダウン」退廃的な「ダウン」デカダンスな「ダウン」が生まれ変わった。復活祭だ。NO FEARだから格闘選手の入場曲にぴったりだ。それでも途中に、フェアポートコンヴェンションのような、ジェスロタルのような、ツェッペリンの3枚目のようなトラッドなフレーズを、アコースティックにしっかり聴かせるあたりに進化がうかがえる。
     ジャケットには、錆びたギターのピックアップの写真が使われている。ボディはワインレッド。味がある。ボディの下半分が、ピーター・ガブリエル風に、波打ったような、溶けたような感じになっていてカッコいい。どれどれとアートディレクションとデザインのクレジットを見れば、おや渡辺圭一ではないか。彼は、なななんと素晴らしい才能を兼ね備えているのだろう。アナログ時代の山口のアートは芸術的に完成していた。渡辺のアートは商業的に完成している感じだ。
     歌詞カードにはメンバーのポートレイトがついている。老成した感じに仕上がっていて、レイドバックな表情がレオン・ラッセル風である。若作りではなく、逆に皺を目立たせるような写真が潔くて気持ちいい。
     「CARRY ON」では「この世で一番高い塔に登り」と山口好みのフレーズが聞ける。「一番高い塔に登り」は「僕のほころびの場所から」にも使われている。聞かせる歌だが、エリック・クラプトンみたいに女々しくなってないところがよい。
     ミニアルバム「明日のために靴を磨こう」(2006)には「BRAND NEW WAY / DAY」もまたまた再録されている。ジャケットはベルファストの暗い夕暮れのイメージか。名もない鳥が一羽飛んでいる。陰翳が素晴らしい。ほんとに飛んでそうな感じがする。これも渡辺のデザイン。
     歌詞カードには、メンバーの写真が使われているが、「MY LIFE」より過激なアングルで、足元だけの絵。斬新。


Heat Wave for the Future
     20世紀から第一線でずっとロックし続けている福岡のバンドは少なくなった。全力で最も精力的にロックしているバンドのひとつにHWをあげることが出来るだろう。長い歴史の中で、彼らって今一番かっこいいんじゃない。
     私の本棚には稀少な本が一冊ある。山口洋の詩集「Yamaguchi詩集」。これは、80年代後半に書かれたものだけど、HWのヒット曲やその別バージョン、未発表曲や彼の好きなフレーズなどがのびのびと書かれている。以下、詩集に掲載された作品名を列挙する。

     はじめのことば   ―僕らの音楽を愛してくれる人のために―

     「幼かった頃の回想」
     「87年夏」
     「他人のすすめ」
     「for my friend」
     「人生と云うものは はかないものです」
     「無題」
     「輝かない瞳のために」
     「故郷を持たぬ風」
     「アフリカ」
     「棘」
     「新しい生と息(Brand New Breath)」
     「ことば」
     「ハッピーバースデイ トゥ ユゥ」
     「私言(OK)」
     「EVERYTHING」
     「BABY GOODNIGHT」
     「FIRE GIRL」
     「独り」
     「千の夜」
     「ON MY WAY HOME」
     「HEY MY FRIEND / DON’T DIE YOUNG」
     「王様の耳は驢馬の耳」
     「すべては僕の手で すべては僕のために」
     「36°5」
     「ロング ロング ウェイ」

     おわりのことば   僕らを今迄支えてくれた多くの人々に感謝します。

    (了)




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