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コラム


"2000年代"リスト


2006.09.06
51番目のエキゾティックな月光が毒と泥棒の旅を変える

51番目のエキゾティックな月光が毒と泥棒の旅を変える
 いろんな街に行くと、ご当地の名門ライブハウスやホールが気になる。福岡天神のビブレホールにはたびたび行ったのでビブレも気になる。横浜のビブレ、京都河原町のビブレ、岡山のビブレ、神戸三宮のビブレ、たとえそこにホールがなくとも最上階から地下までひととおり回ってしまう。
 福岡でかよったライブハウス、これまでに行ったことのあるライブハウスについてまとめてみた
不思議屋
 天神の不思議屋にはよく行った。1983年頃だったと思う。10人ほどで合コンをしていて、ワーワー、キャーキャー騒ぎながら酒を飲んでいた。
 しばらくするとアンプ1台とギター1本抱えたサングラスの男がステージに立った。
 私たちはかなりマジに合コンしていたので、ステージのことは気にせずに、ワーワー、キャーキャーを続けていた。
 男は大音量でギターを鳴らして演奏開始。それでも私たちはワーワー、キャーキャー騒ぎ続けた。するとサングラスの男が
 「コラ〜!そこの男女!人が演奏する時は、ちゃんと静かに聞かんかい!」
 とマイクパフォーマンス風に説教を始めた。
 私たち10人は吹けば飛ぶよなヤワな若者だったので、はいっ、と正座でもする感じで座席に坐って演奏を拝聴したのであった。
 私達を説教したあのサングラスのタフガイが山部善次郎だったと知るのはその翌年だった。

多夢
 よく行った。ロシアの哲学者のような店長だった。福岡ロックの殿堂。 

徒楽夢
 今、大々的にチェーン店を展開している。博多駅のドラム-B1ではヒートウェイヴを見た。ヒートウェイヴは快進撃中で、NHKの取材がきていた。開場待ちの長い列にならんでいるときにインタビューを受けた。そして数週間後オンエアを見た。私の前にいたキュートな高校生と私の後ろにいたビューティフルなOLはテレビに写った。私のインタビューはバッサリとカットされていた。

照和
 福岡天神の老舗。ライブを見たことはないが、1977年頃ホールをレンタルして40人くらいでダンパをしたことがある。酒や食物やステレオセットを持ち込んで大ダンス大会となった。終了後にアンプを抱えてバスに乗ってアパートまで帰った。ま自分にご苦労さんという感じだった。

CB福岡
 佐谷光敏追悼ライブ2002とブレクジェネレーション2005を見た。はじめはCBGB という名前だった。米国のCBGBは老舗。

新宿ルイード
 モダンドールズもここで演った。尾崎豊、佐野元春、シャネルズもここで演った。私は当時買ったばかりのカセットウォークマンで尾崎を聞きながらルイードへ向かった。開場待ちの人が上り階段にずらっと並び店の外まで行列が出来ていた。その夜はアコースティックギターでロックをやる歌の上手いアーティストのライブだった。残念ながら尾崎豊ではなかった。
 尾崎豊を亡くなる3ヶ月前に熊本市民会館で見た。タンバリンの人が尾崎ととても仲よさそうで、ブルース・スプリングスティーンとクラレンス・クレモンみたいにステージでナイスなからみを見せていた。
 尾崎のファーストはレコード盤とCDどちらも持っている。レコード盤は3万円くらいした。というのも博多祇園のパチンコ店が新装開店で、出血サービスということなので出かけて行った。しかし美味い話はないものでどんどん負けた。最後に小箱1杯くらい玉が貯まったところで諦めて帰宅することにした。その玉で景品交換所の尾崎のファーストをゲット。だから3万円なのだ。今はプレミアムなレコード盤なので、もとが取れるかも。

新宿クラブドクター
 新宿駅から徒歩でちょっと歩くとこじんまりした商店街に出る。牛丼屋とか食料品スーパーがあり、なんか住みやすそう。その通りのビル地下にクラブドクターがある。地下に行く壁にはモダンドールズのスナップが貼ってあった、2001年11月。ソファーでくつろぐモダンのメンバーと松本明子のスナップもあり。ワタナベエンターテインメントの話もあったのだろうか。

渋谷ライブイン
 当時は聖地を巡礼するかのようにライブハウスを回っていた。今、渋谷で地下鉄降りてライブインの場所に行けと言われても行けない。どこにあるのだろう。どこにあったんだろう。当時のライブハウスといえば、客もビンボーだし、ライブハウスも経営好調とは言いがたい。でもロックファンはそこそこ集まりライブハウスは成立していた。
 その日のライブは関西のこてこてブルース軍団。山岸潤士と塩次伸二がブルースバトルをやらかした。
 CDで繰り返し繰り返しブルースアルバムを聴くと、たまに飽きてしまうことがある。ある意味3コードの曲が速いか遅いかで、ソロはブルーノートスケールの順列と組み合わせ。ヘタなブルースバンドは自己満足の世界で、自分が一番楽しいんじゃないとか思ってしまう。アコギでビロリ〜ンとマイナーコードを弾けば、なんか負けの人生って感じがする。
 山岸潤士と塩次伸二は別格で、客を飽きさせない。そしてステージ栄えするというかライブの臨場感が違うんだな。山岸などはある意味、ロナウジーニョのようにスゴイ。
 アーティストが全身全霊で書き上げた、不朽の名作より、世に残る曲はシンプルでポップなナンバーの方が多いと思う。尾崎豊の後期の作品は、ポリリズミックな超大作が多いが、やはりファーストに収められたナンバーが一番愛されていると思う。
 と言うわけで、ブルースを思い出したように聞くと、あっ、やっぱりブルースっていいよね。と思う。シンプルなナンバー、または、実は大変凝っているのだけどシンプル風に仕上げたナンバーは古くならない。

国立リバプール
 デルジベットというバンドは、福岡にも来たことがあるが、ボーカルのイッセイは手塚真監督の「星屑兄弟の伝説」に出演している。デルジベットのヒカル(g)は、以前ビバップスに在籍していた。ビバップスのライブを国立リバプールで見た。モッズバンドであるスタンダーズとジョイントだった。
 昭和の時代、吉祥寺、国立、立川など中央線沿線はフォークの人が沢山いて下駄、ドテラ、ヘアーバンドのイメージだった。

原宿クロコダイル
 いかにも東京のライブハウスと言った感じ。小奇麗だったのを覚えている。久保田慎悟のライブを見た。コーラスに戸川京子似の可愛い子がいたが、本当に戸川だったかいまだ確認出来ていない。
 久保田は上記「星屑兄弟の伝説」の主役。ヒロインは戸川京子だったので、コーラスも戸川だったろうと長い間悩んでいるが、真偽は不明。
 クロコダイル店内は、ミュージシャンだらけ、皆、業界のその筋の方々に見えてしまう。私の横には、チーボー&ザ・ベイサイド・ストリート・バンドのチーボーが坐っていた。
 このとき、福岡から羽田までの往復チケットは無料だった。当時、私は中国人の友人がいて、あるとき
 「出席できないから、かわりに行っていいよ」
とパーティ券をもらった。外国人と日本人が半々の1500人ほどのパーティだった。パーティ券に抽選番号が書いてあり、なんと1等の東京往復航空券が当たった。ワーイ。中国人の代打だったので大江慎也風人民服を着ていた。ステージに上がって航空券を頂いた。

新宿ロフト、目黒鹿鳴館、ACB
 モダンがライブ演ったところは見ておかないと、と思い。新宿ロフト、目黒鹿鳴館、ACBにも行った。東京滞在は数日なので、ぴあを片手にライブスケジュールと滞在日程のすり合わせが大変。あと開演時間にちゃんとそこに行けるかも重要なポイント。その頃、福岡には地下鉄がなかったのだ。うまいこと乗りこなせない。そんなこんなで上記の3聖地の前まで行ったことはあるが、ライブを見たことはない。レストランACBで食事したことはある。ACB=あしべ。ちょっとレトロなネーミング。名前が面白いのは四谷フォーバレー。Four=四、Valley=谷。あまりに直訳すぎないか。
 鹿鳴館もRockとかRock Makerとかけてあるのかなとも思った。Rock May Kanらしい。モッズのファンが床が抜けるほど盛り上がったという話もあった。えっとパンクの方々がポゴダンシングしてる中、ハチ宮崎あおい風に立ってるとちょっと恐怖です。それでそんな暴れん坊パンクの方々に負けない必殺技をあみ出しました。それは彼らにぶつからないよう、彼らに迷惑にならないように心がけながら、彼ら以上にハイテンションに彼ら以上にクレイジーに彼ら以上にアグレッシブにダンスするのです。または、彼らと同じレベルでぶっ飛んでいれば、彼らはシンパシーをもってくれます。場にそぐわない浮いたダンスは不可です。腕はあまりバタバタ動かさず、高く高くひたすら真上にジャンプし続けるのです。それでも元気なパンクロッカーに殴られた場合は交通事故と思ってあきらめて下さい。
 ライブの最高峰ロフトに行ったことないとは実に不甲斐ない。でもモダンのロフトライブの映像は見たことある。すごいよモノクローム映像。松川(g)はタバコを咥えたまま演奏。ピートタウンゼントみたいに右手をブンブン回転させていた。白いジャケット(実際は淡いピンク)の長い手が映える。平山(g)は向かって左側に立ち、マシンガンを構えた米兵のような感じでギブソンSGを弾いていた。左右にクイッ、クイッと反転するのでなんか機銃掃射しているみたいにスリリング。平山の後方には田中(b)がいて、やたら長く見えるベースネックを上下に振って演奏。下鳥(dr)はトレードマークのヘッドマイクをつけてコーラスしながらドラミング。佐谷、佐谷はどこじゃと探すと、客席に横顔を見せる感じでステージ右にスス〜っと移動したかと思うと、回れ右して左へスス〜っと移動。メンバーそれぞれがカラクリオルゴールのように乱数的アクションをしていた。
 MCで佐谷が「駒沢大学...」とか言っていた。あ、あの頃ね、エコーズとか一緒だった。

六本木ピットイン
 ジャズ、フュージョンのライブが多い。ロックンローラーやヘビメタ君はあまり行かないと思う。ヒットエンドランを見た。サックスはマルタ、ギターは森園勝敏。マルタは勉強をしてジャズを演っている。森園はロックからジャズに入ってきた、いわばジェフ・ベックやカルロス・サンタナのようなポジション。「♯と♭がぽろぽろ落ちてるぞ」とマルタが森園をからかっていた。映画ゴーストバスターズがヒットしていたので、オープニングはそのテーマだった。

札幌ペニーレーン
ペニーレーン  吉田拓郎の歌に、「ペニーレーンでバーボンを...」というのがあった。多分これは原宿のペニーレーン。「ペニーの雨」ではなく「ペニー通り」の意。
 ライブのない日だったので、お酒を飲んだ。私とダチの案内されたテーブルは卓球台だった。卓球台の半面に料理やグラスをならべて飲酒。卓球台のネットの反対の半面にはシュッとした色白のヤングな札幌美人二人組がいた。ネット越しにイカした言葉のラリーを試みるもなかなか会話ははずまなかった。福岡で培ったテクは札幌で通用しなかった。札幌美人は麗しく言葉も全国共通語でなかなか手ごわかった。最後にネットの下からスルスルとメモのようなものが。札幌美人が悪戯っぽく笑っている。もしやと思いメモを手に取ると彼女らの伝票だった。

仙台モーニングムーン
 仙台のライブハウスの老舗。かなり広かったという印象がある。ライブのない日だったのでお酒を飲んだ。ハウンドドッグが拠点にしていた。チャゲアスの作品に同名の曲があるが、関係のあるなしは不明。
 80年代半ば頃、FM福岡のYディクターが口を開いた。
 「モッズはすごかったな」
 私がフンフンと頷いて、さあモッズの秘蔵の話を聞かせて頂こうと思ったら、Yディレクターつづけて
 「それにしてもチャゲアスはすごいよな〜」 とチャゲアスを語り始めた。えっ、チャゲアスはあまり興味ないけど。今は(80年半ば)ビートビートの時代ですよ。と思い
 「山善復活しますかね?」
とふると。Yディレクターは
 「山善はすごいね。でもチャゲアスは歌が上手いよな〜」
とチャゲアスの話ばかりされたのを思い出す。よほど育成サポートして可愛がられたのだなと逆に感慨深かった。

拾得
 酒蔵を改造したような京都のライブハウス。寒山と拾得は中国の僧と修行者の名前。寒山拾得の話は森鴎外や井伏鱒二も書いている。外道の「拾得ライブ」は有名である。その日見たのは、なりきりジミヘンバンドだった。見た目もジミヘンそっくりでギターもかなり上手かった。厚みのある一枚板のテーブルに寝ながらギターを弾いたりでなかなかグッド。日本にもなりきりジミヘンさんは沢山いる。海外にもロビン・トロワーとかフランク・マリノとか神がかりジミヘンフリークがいた。

横浜セブンスアベニュー
 横浜七番街と言った感じか。パンタを見た。ここも階段には開場待ちの長い行列。パンタは白いシャツに黒いマフラーをして登場。はじめからフルスロットル。パンタは間もなく汗だくになる。すると黒いマフラーの染料が汗で溶けて白いシャツに黒いシミが広がった。汗と黒い染料で白いシャツがオジー・オズボーン風にグダグダになった。
 「お前ら気づいてたら教えろよな」
 とパンタ、グダグダのシャツを着たままライブを続行。
 横浜も不案内、こっちが野球場で、こっちがチャイナタウンで、こっちが伊勢崎町とキョロキョロしながらセブンスアベニューから宿へ。

名古屋エレクトリックレディランドELL
 結構探すにに苦労した。その日はメタルナイトだった。福岡メタルも結構好きだった。ポップでビジュアル系のバンドが多かった。インペリアルガーズとか好きで、つい数年前まで車にカセット積んでいた。しかし、カーステレオが壊れてインペリアルガーズのカセットを巻き込んでしまった。「お前の言葉が俺に突き刺さる...Heart to Heart」いい曲だったなぁ。さらに車の調子がおかしくなり、インペリアルガーズのカセットを巻き込んだまま下取りに出してしまった。悲しい。
 で、ELLだが、メタルバンドの連チャンでELL店内は酸欠状態。汗と吐息とアルコールで熱気ムンムンとなった。関西メタルは凄いと言うが、福岡メタルも凄いのだ、そして尾張メタルもすばらしいと実感した。名古屋の暴走族とスタークラブのパワーは知っていたが、尾張メタルはあまり知らなかった。
 次はトリのバンドだ。バンド名スピッツ。なんとなくメタルっぽくないなと思って待っているとステージに現れたのはオーバーオールにアコギ片手の好青年だった。今日はメタルナイトじゃないのかい。と思ったがスピッツ目当てにELLに来ていた人も沢山いた。
 それがデビュー前のスピッツと後年知った。空も飛べるはずだよロビンソン。

神戸チキンジョージ
 結構、大阪に行く機会は多かったけど大阪でライブを見たことはない。何をしていたのだろう大阪では。神戸でもライブは見たことない。昼すぎにチキンジョージの前を通ったことがある。店内を覗き夜のライブスケジュールを見たが、なんとなく食指動かず。
 福岡のバンドも、まずは東京で、帰りに広島という感じでツアーを組んでいなかったかと思う。それで関西のライブハウスを熱心に回らなかったのかもしれない。

広島ウッディストリート
 確かに行った。タクシーで行ったが。あまり記憶がない。ライブのない日で酒を飲んで帰ったのだろうか。モダンもヒートウェイヴもツアーした老舗だ。カバチというバンドがいたが、カバチとはパワフルな広島弁だったことを後で知る。ストリートビーツも福岡に来てライブしてました。

熊本バトルステージ
 名前が2回ほど変わりこの名前になった。街の中心からアクセスしやすいライブハウス。チャーを見た。熊本にはドラム−B9もある。

マーキー(The Marquee Club)
マーキー モッズがマーキーでライブを演った。バンド名はややこしくならないようにNews Beat。という訳でロンドンに行ったとき、地図を片手にマーキーへ。着いた。しかし何かおかしい。パイプや木枠が組んであり、シートがかかってるぞ。遠めにマーキーの前を行ったり来たりして、シートの中の様子を探った。ヘルメットをかぶった若いスラリとした男性が内装工事の作業をしている。せっかくロンドンまで来たのだからと思い勇気を出して突撃。強行突破じゃ。
 「ハ〜イ」
 とか言いながらマーキーの中に入ろうとしたら。
 「X$#○&%▽$#!」
 とキツイ感じで言われた。「工事中だから中には入れない」とか「なにやってるんだ、この東洋人」みたいな感じで追い払われた。残念。しかし、その内装工事のお兄ちゃん達、結構イケメンで、ギター持たせて日本に連れて帰り、口パクでミュージックステーションに出演させたら一気にブレイクだね。恐るべしアングロサクソン。

100クラブ(100 Club)
100クラブ ロンドンのライブハウス。こちらも老舗。ライブハウスの住所が100番地なのでこの名前がついた。7:00開場、7:30開演のような感じでスケジュールが書いてあるが7:30になっても何も始まらない。それでダチと一緒にギネスを何杯飲んだろうか。結構出来上がって、トイレにも何度か立った。その間、店内を見回すとクレームつける人など皆無。みなウヒャウヒャとか笑いながらビール、ビール、ビール。ロンドンから宿泊している宿まで電車乗り継ぎで40分ほどかかる。早く始まらないと終電で帰れないなぁとちょっと不安。床に目を落とすと板張りなのだが黒光りしていてステージ前などは2〜3センチほどえぐれたように磨り減っている。水をまいたら水溜りが出来る感じだ。それほどはげしくポゴダンシング。床がえぐれるほどツイスト&シャウト。長年のライブの熱狂が床の凹みとなって刻まれているのだ。
 ブルースバンドが9時過ぎた頃に登場。しかし、皆老人だった。日本なら絶対ゲートボールとか盆栽の人達だと思った。私は元来ビジュアル的にイケてないとバンドは許せないのだが、ドラムの人などは肥満体の老人だ。箱崎の路地とかでステテコに腹巻で将棋をさしている爺ちゃんを思い出すぞ。

 で、その肥満体の老人ドラマーがスネアを

 パン、パン、パン

 と景気よく叩いて演奏が

 ジャ、ジャ、ジャ、ジャ、ジャ

 と始まった。するとステージの空気がビーンと変わってスリルと緊張感がハウス中に拡散した。結構やるじゃん老人ドラマー。ギター弾きながら歌うフロントマンもかなりイケル。なめらかでないコシコシした感じのボーカルがまさにブルース。へへへへ、人は見た目で判断しちゃだめよ。アンコールまで聞いて速攻駅へ。無事終電に乗ることが出来た。

(了)




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